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『愛の不時着』に韓国編は必要だった

こんにちは、さりです。

緊急事態宣言は首都圏でも解除されましたが、いわゆる「新しい生活様式」にすっかり馴染んでおり、外出の頻度は全く変わっていません。お家時間バンザイ!

 

今日は各所で話題になっている、愛の不時着について書こうと思っています。盛大にネタバレしますので、未視聴の方はご注意ください。

愛の不時着は、Netflixで公開されている韓国ドラマで、日本でもトップ10をキープしている話題作です。

 

www.netflix.com

 

既にこの作品の魅力はいろいろな方が解説してくださっていますが、私なりに簡潔にまとめると、

  • 絶対に超えられない38度線という壁(舞台設定)
  • 登場人物の数は多いのに、全員が物語にきちんと関わっている
  • 伏線やアイテムが16話を通してきちんと回収されることで、物語に説得力が生まれる

 

の3つが特に挙げられると思います。笑って泣いて、ドキドキして感動して、感情が揺さぶられる作品でした。長いのにあっという間に完走してしまった…続きが気になりすぎて、登場人物全員に幸せになってほしくて、<次のエピソード>をすぐ押していました。

 

 

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今回注目したいのは、ドラマの中で前半と後半で舞台が北朝鮮から韓国へと大きく変わることです。

 

「韓国の財閥令嬢がパラグライダーの事故で、北朝鮮に不時着し、北朝鮮の軍人と恋に落ちる」

これって北朝鮮だけが舞台でも一応物語は成立すると思いませんか?

最大のミッションとゴールを、ユン・セリが無事に韓国へ帰ることに設定して、それまでの色々な事件を細かく描くことも可能だと思います。

ユン・セリの兄弟は韓国への帰国を望んでいなかったので、北朝鮮内部の陰謀と家族の陰謀が2人に降りかかり、どんどん帰国が遅れる一方二人の絆は強まる一方で…みたいな。

ユン・セリなら、リ・ジョンヒョクのお父さんを最終的には味方につけて、政府を動かせたかもしれないし、別に韓国編がなくても同じ結末は描けたかもしれません。

 

正直に言うと、韓国編は北朝鮮編と比べ、フィクションの要素が強まったと私は感じています。

なぜなら、視聴者は北朝鮮のことはよく知らないけれど、韓国(もしくは資本主義世界)の現実は既に知っているからです。

 

北朝鮮は私たちにとって未知の世界です。でも現実に存在する国であること、二つの国が分断されることになってしまった背景は知っています。

事故だったとしても、一度38度線を超えてしまったら、捕らえられて無事に帰れるかは保証されない。殺される可能性もあることは容易に想像できます。

だからこそ、北朝鮮でユン・セリが経験するありえない事件やトラブルにリアリティと説得力を持たせることができます。北朝鮮なら本当にそうかもしれないと。

 

  • 地雷が埋まっている
  • 宿泊抜き打ち検査がある
  • 階級制度
  • 度々起こる停電
  • 鉄道も止まる
  • インターネットが使えない
  • 隠れて南のドラマや商品を手に入れている人もいる
  • 同じ朝鮮語でも北と南の違いはすぐ分かる

 

など、北朝鮮を知らない視聴者のために、舞台設定や人々の暮らしが丁寧に描かれています。ユン・セリが経験する一つ一つの出来事を通じて、視聴者にとっても北朝鮮は「未知の世界」から「懐かしく愛おしい登場人物たちが住む世界」へと変わっていくのです。ドラマを見終えるころには、北朝鮮編の愉快な仲間たちが恋しくなっていた人も多いのではないでしょうか。

 

しかし、ほとんどの視聴者にとって、資本主義の世界が普段の日常です。銃撃戦が起こるとは考えにくいし、チョ・チョルガンとリ・ジョンヒョクが何時間もの匍匐前進で洞窟を通って境界線を越えるとか、愉快な第五中隊のメンバーまで南に来ちゃうとか、

いや〜それはさすがにドラマだから可能だよね、という展開が続くわけです。視聴者が興醒めしてしまう可能性もあります。

中国系韓国人という偽のIDカードがどこまで力を持つのか詳しくないので分かりませんが、明らかに服装も話し方もソウルでは浮いているだろうし、すぐバレると思うんですよね。

だから、リアリティや緊張感という意味では、どうしても韓国編は少し劣るような気がします。北朝鮮ならあり得るかもしれない、という視聴者の意識に助けられ、緊張感が物語のスパイスになっていた北朝鮮編と違い、韓国編では緊張感の代わりにコメディ要素がうまく織り交ぜられているように感じました。

 

でもこの作品には絶対韓国編が必要でした。

 

それは、現代人の価値観に合った愛を表現しようとしているからです。

私は、この物語はお互いが相手を必死に守ろうとすることで、対等な関係性での愛を描いていると思います。

ユン・セリもリ・ジョンヒョクも、何かある度にまず「大丈夫?怪我はない?」とお互いのことを心配しています。自分が銃に撃たれようが、最初に相手の無事を確認しようとする二人です。

ユン・セリを北朝鮮から出国させるために撃たれたリ・ジョンヒョクと、二度とない出国のチャンスを捨ててでも、病院に連れて行き自分の血液を輸血するユン・セリ。どちらも自己犠牲を厭わず相手のために行動できる人であることは、北朝鮮編だけでもよく分かります。

 

しかし、どうしても北朝鮮編だけだと、ユン・セリを守ろうと頑張るリ・ジョンヒョクの要素が強くなってしまいます。なぜなら北朝鮮は彼のフィールドであり自分の陣地だから。

反対に、韓国はユン・セリの庭です。立場も財力もある。ボディーガードとしてリ・ジョンヒョクを隣に置いていても違和感がありません。ボディーガードという設定も、リ・ジョンヒョクがユン・セリを守っているかのように見えますが、実は彼に自分の目の届くところにいてほしい(=守りたい)という気持ちが含まれていると思います。

彼女が自分の陣地である韓国で、リ・ジョンヒョクを守ってこそ、二人の対等な関係性が見えてきます。

怪我がまだ十分に治っていないのに、リ・ジョンヒョクを無事に北朝鮮に帰そうと、検察の調査に協力する姿は、北朝鮮で何度となく危険を冒してユン・セリを南へ帰す道を探るリ・ジョンヒョクの姿と重なります。

男性に守られるヒロインはもう現代に合いません。ただの財閥令嬢ではなく、自分で会社を立ち上げたキャリアウーマンという設定も自立した女性を意識していると考えられます。

 

どちらかが相手に守ってもらうのではなく、お互いがお互いを支え合う。

今の時代にフィットした理想のカップルが描かれているのではないでしょうか。

 

作品の中のもう一つのカップル(ク・スンジュンとソ・ダン)も、北朝鮮から離れることはありませんが、お互いのピンチを救いあう関係性は似ているところがあると思います。

他にも、ユン・セリは自分で料理をしないので、リ・ジョンヒョクや隊員たちが食事の準備をしていましたね。そういった男女の昔ながらのステレオタイプも意図されているのかな、と。

 

ユン・セリとリ・ジョンヒョクの2人の関係性でもう一つ注目するべき点は、

どちらかが今までの人生を捨てるという選択をしなかった

ことです。

 

ユン・セリがもし北朝鮮に残って、リ・ジョンヒョクを選ぶなら、彼女は今まで全てをかけてきた自分の会社と財閥の後継者という立場を捨てなくてはならなくなります。それ以前に、北朝鮮で安全に暮らせる保証はどこにもないわけですが。

一方、リ・ジョンヒョクが脱北してユン・セリを選ぶなら、彼は自分の家族に二度と会えないだけでなく、総政治局長であるお父さんが責任を追及されるのです。長男であるお兄さんが亡くなった後、才能を認められていたピアノを諦め軍人になった彼には、自分の幸せを優先して家族を捨てるという選択はできなかったはずです。

 

つまり北朝鮮でも韓国でも、二人が一緒にいるために必要な犠牲はとてつもなく大きく、真のハッピーエンドはほぼ不可能といえます。

二人はお互いの住む世界の違いにちゃんと気づいていました。相手のことを本当に大切に思っているからこそ、家族や今までの人生を自分のために犠牲にしてほしくないと願います。住む世界の違う人のラブストーリーだと、王子様や御曹司、芸能人が相手として考えられるでしょうけど、99%結婚でフィナーレですよね。結婚できちゃうから。

 

「年に一度スイスで」というラストは、相手を想う二人の気持ちが最大限に込められていると思いました。

結婚や同居という形にこだわらない関係性も、今の時代だからこそ共感をもって受け入れられるのではないでしょうか。

 

最後に余談。

スイスでのエピソードが少しずつ明かされていくことで、視聴者は二人がスイスで以前出会っていたことを先に知っている状態で物語が進んでいく、という展開も良かったです。運命的な二人がやっと再会できたのに、なぜ一緒にいられないのだろうかと、涙の別れのシーンが来るたびに、切なさで心が張り裂けそうになりました。

 

 

別れのシーンに感情移入できるのも、38度線という二人の間にそびえたつ壁の高さがあるからです。「今度こそこれが最後かもしれない」と涙ながらに感謝の気持ちを伝え、お互いの無事を祈る別れのシーンは、実は何度も出てくるのですが毎回名シーンでした。

 

STAY@HOMEの時間を盛り上げてくれた愛の不時着について、つらつらと書いてみました。考えていたことを整理できてよかったです。

 

おしまい!

 

お題「#おうち時間